都市の詩学 場所の記憶と徴候(中古品)
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(中古品)
都市の詩学—場所の記憶と徴候
【ブランド名】
田中 純: author;
【商品説明】
著者からのコメント (著者の言葉として、「跋」から引用します。) 「わたしは海にいる夢を見ていた・・・・・・。」 ポール・ヴァレリーはエッセイ「パリの存在」をそんなふうに書き出している。パリという大都市を語るために、この詩人はまず、海にいる夢から半ば目覚めかけた状態で、部屋の壁越しに聞こえてくる混沌とした物音から生まれる連想を紡いでゆく。海にいる夢の名残を引きずり、無意識と意識のあわいをたゆたいながら、詩人はこの豊かなざわめきに身を沈めることによって、「精神」そのものに似た「パリ」という存在を思考する困難な営みを始めるのである。 本書もまたそのように、都市を語りながら、同時に、海を夢見ていたのかもしれぬ。雑誌の連載原稿を一書にまとめる改稿の作業を進めながら、わたしは次第にそんな思いを強くしていった。この書物の特権的なトポスとは、水陸の境であり、波打ち際だからである。 建築家アルド・ロッシ没後十年の命日にあたる今年の九月四日前後、彼の建築を福岡の地に訪ねることを思い立ったのも、そのひとつである門司港ホテルの立つ港という海と都市との境界へと、無意識に招き寄せられていたからだろうか。 「海貝よ/石と白む海の娘/汝は童の心をうち奮わす」----中学生時代のロッシを建築に目覚めさせたのは、レスボス島の古代詩人アルカイオスによるそんな詩の断片だったという。海によって削られた、石のように固い殻をもつ海貝へのときめきが、ロッシ少年をとらえた。彼はそんな貝のなかに、スチールや石、セメントを「殻」とする都市のイメージを見たのである。そして、彼自身の建築もまた、浜辺に打ち寄せられた貝殻のように、冷たく、言葉なく、波打ち際に佇んでいる----。 わたしはそんな汀(みぎわ)で、ロッシ少年の胸をときめかせた海貝を拾い、幼年時代の谺を聞こうとするベンヤミンのように、虚ろな巻き貝を耳に当てたのである。彼らの経験を追体験するために、ひんやりとしたアンカー石積木を手に握り、ポラロイド・フィルムに街角の風景が徐々に浮かび上がるのをじりじりとして待ち、貝殻や動物の骨、それにアンモナイトの化石や琥珀を集めて並べ、覗き眼鏡で十九世紀の古びたステレオ写真に見入った。あるいは、黄昏れた新宿の雑踏で夕占をしては、歌舞伎町の路上でスナップ写真を撮り、真夏の熱気がむんむんする庭でカマキリや小動物たちを観察した。----児戯に類しよう。いや、児戯そのものなのだ。書物を書くという口実のもとにわたしは、こうしたとりとめもない実験を無器用にあてどなく反復することによって、子供時代のときめきの記憶を呼び覚まそうとしていたのである。・・・・・・ わたしをこうした作業に熱中させるのは、無限の可能性を秘めた書物という媒体の形式に寄せる絶対的な信頼であるに違いない。子供時代のわたしの特別お気に入りの遊び道具は本だった。文字が読めるようになる以前からそうだった。幼児向けの絵本ばかりではない。どんな書物であれ、そのページをめくる行為を飽きることなく繰り返していた。----だから、これもまたきっと、あの頃の幸福なときめきの余韻なのである。・・・・・・ そして、今、この書物は、著者の手を離れ、読者のもとへ旅立とうとしている。それが書棚に佇む、灯台に似た存在であってくれることを願う。書物のページとは、読者へと打ち寄せる数百の波だろうか。ならば、本書という波打ち際で、読者はどんな記憶と徴候のシグナルを感知することになるのだろうか。 内容紹介 過去の記憶と未来の徴候とが揺曳している場所としての都市。都市こそが可能にしてきた想像力の経験の根拠を問う都市表象分析。都市論、建築論、神話、詩、小説等のテクストや絵画、写真、映画のイメージを対象に、表象文化論の一つの結実を提示する。 内容(「BOOK」データベースより) 予感に導かれ、記憶に後押しされながら、都市の無意識を探索する—都市誌。 抜粋 (「序」の抜粋です。) これは、都市経験の根底で働く潜在的構造としての、「都市の詩学」を主題とする書物である。 取り上げられる対象は、都市論、建築論、神話、詩、小説、自伝、随筆といったテクストから、絵画、写真、映画のイメージにまで及んでいる。地域や時代を限定せず、むしろ、異なる時代の異なる都市についての記録や分析を比較することによって、都市こそが可能にしてきた想像力の経験の根拠が問われてゆく。 それを「詩学」と呼ぶ理由は、詩法に通じる構造がそこに存在することに拠る(第3章)。地名や街路名は都市をおのずと言語的なテクストにしており、それは修辞学のトポス論や記憶術に結びつく。都市はまた、詩歌や芸能発生の現場でもあった(第5章)。そうした芸能のひとつである連歌の座に通じる集団的な遊戯が、現代都市の路上でも展開されていた(第11章)。回想のなかの幼年時代の都市は、圧縮や置換という無意識の「詩法」によって歪められ、その歪みを読み解く夢解釈を待っている(第1章)。----本書が名乗る「詩学」とは、都会的情感の漠然とした隠喩ではなく、都市経験が深く根ざすこうした関係性の論理を意味している。 それは大域的な空間構造ではない。都市の詩学にとって、はるかに重要なのは、局所的な「場所」の経験である(第9章)。さらに、その経験には、場所に蓄積された記憶と、場所が喚起する予感の両者がともに浸透している。場所の周縁には、現前する都市の不可視の閾を溢れ出た、過去の記憶と未来の徴候とが揺曳しているのである(第2章)。都市の詩学が対象とするのは、このような「場所の記憶と徴候」であり、それを「地霊(ゲニウス・ロキ)」と呼んでもよい。 地霊の所在とメカニズムを探るセンサーとなるのが、場所の記憶や徴候に敏感に反応する「徴候的知」(カルロ・ギンズブルグ)である。徴候的知の原型とは、森に分け入る狩人の知である。都市はそんな知を活性化し、その担い手たちにとってそこは、獲物の兆しに満ち、危険な気配でざわざわとした胸騒ぎを掻き立てる、野生の空間に変貌する(第10章)。コンクリート製の暗渠といった都市の最奥に、あらたな自然が発見される(第4章)。都市論はそのとき、都市という森におけるナチュラリストの探索に似たものに近づく(第14章)。「博物誌」であると同時に「自然史」であるという「ナチュラル・ヒストリー」の両義性に倣い、そうした博物誌=自然史的都市論を「アーバン・ヒストリー」と呼ぶことにしよう。「都市史」とは区別して、「都市誌」という名が当てられようか。本書はそんな「都市誌」の森として編まれている。 著者について 田中 純(たなか じゅん) 東京大学大学院総合文化研究科准教授。専攻は表象文化論。1960年2月27日宮城県仙台市生まれ。1985年東京大学教養学部卒業。国際交流基金勤務を経て、1991年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。東京大学教養学部助手などを経て、現職。2001年東京大学より博士(学術)の学位取得。本書以外の著書として、『残像のなかの建築』(未來社、1995)、『都市表象分析I』(INAX出版、2000)、『ミース・ファン・デル・ローエの戦場』(彰国社、2000)、『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』(青土社、2001、サントリー学芸賞)、『死者たちの都市へ』(青土社、2004)など。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 田中/純 1960年仙台市に生まれる。1985年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。2001年東京大学より博士(学術)の学位取得。現在、東京大学大学院総合文化研究科准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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都市の詩学—場所の記憶と徴候
【ブランド名】
田中 純: author;
【商品説明】
著者からのコメント (著者の言葉として、「跋」から引用します。) 「わたしは海にいる夢を見ていた・・・・・・。」 ポール・ヴァレリーはエッセイ「パリの存在」をそんなふうに書き出している。パリという大都市を語るために、この詩人はまず、海にいる夢から半ば目覚めかけた状態で、部屋の壁越しに聞こえてくる混沌とした物音から生まれる連想を紡いでゆく。海にいる夢の名残を引きずり、無意識と意識のあわいをたゆたいながら、詩人はこの豊かなざわめきに身を沈めることによって、「精神」そのものに似た「パリ」という存在を思考する困難な営みを始めるのである。 本書もまたそのように、都市を語りながら、同時に、海を夢見ていたのかもしれぬ。雑誌の連載原稿を一書にまとめる改稿の作業を進めながら、わたしは次第にそんな思いを強くしていった。この書物の特権的なトポスとは、水陸の境であり、波打ち際だからである。 建築家アルド・ロッシ没後十年の命日にあたる今年の九月四日前後、彼の建築を福岡の地に訪ねることを思い立ったのも、そのひとつである門司港ホテルの立つ港という海と都市との境界へと、無意識に招き寄せられていたからだろうか。 「海貝よ/石と白む海の娘/汝は童の心をうち奮わす」----中学生時代のロッシを建築に目覚めさせたのは、レスボス島の古代詩人アルカイオスによるそんな詩の断片だったという。海によって削られた、石のように固い殻をもつ海貝へのときめきが、ロッシ少年をとらえた。彼はそんな貝のなかに、スチールや石、セメントを「殻」とする都市のイメージを見たのである。そして、彼自身の建築もまた、浜辺に打ち寄せられた貝殻のように、冷たく、言葉なく、波打ち際に佇んでいる----。 わたしはそんな汀(みぎわ)で、ロッシ少年の胸をときめかせた海貝を拾い、幼年時代の谺を聞こうとするベンヤミンのように、虚ろな巻き貝を耳に当てたのである。彼らの経験を追体験するために、ひんやりとしたアンカー石積木を手に握り、ポラロイド・フィルムに街角の風景が徐々に浮かび上がるのをじりじりとして待ち、貝殻や動物の骨、それにアンモナイトの化石や琥珀を集めて並べ、覗き眼鏡で十九世紀の古びたステレオ写真に見入った。あるいは、黄昏れた新宿の雑踏で夕占をしては、歌舞伎町の路上でスナップ写真を撮り、真夏の熱気がむんむんする庭でカマキリや小動物たちを観察した。----児戯に類しよう。いや、児戯そのものなのだ。書物を書くという口実のもとにわたしは、こうしたとりとめもない実験を無器用にあてどなく反復することによって、子供時代のときめきの記憶を呼び覚まそうとしていたのである。・・・・・・ わたしをこうした作業に熱中させるのは、無限の可能性を秘めた書物という媒体の形式に寄せる絶対的な信頼であるに違いない。子供時代のわたしの特別お気に入りの遊び道具は本だった。文字が読めるようになる以前からそうだった。幼児向けの絵本ばかりではない。どんな書物であれ、そのページをめくる行為を飽きることなく繰り返していた。----だから、これもまたきっと、あの頃の幸福なときめきの余韻なのである。・・・・・・ そして、今、この書物は、著者の手を離れ、読者のもとへ旅立とうとしている。それが書棚に佇む、灯台に似た存在であってくれることを願う。書物のページとは、読者へと打ち寄せる数百の波だろうか。ならば、本書という波打ち際で、読者はどんな記憶と徴候のシグナルを感知することになるのだろうか。 内容紹介 過去の記憶と未来の徴候とが揺曳している場所としての都市。都市こそが可能にしてきた想像力の経験の根拠を問う都市表象分析。都市論、建築論、神話、詩、小説等のテクストや絵画、写真、映画のイメージを対象に、表象文化論の一つの結実を提示する。 内容(「BOOK」データベースより) 予感に導かれ、記憶に後押しされながら、都市の無意識を探索する—都市誌。 抜粋 (「序」の抜粋です。) これは、都市経験の根底で働く潜在的構造としての、「都市の詩学」を主題とする書物である。 取り上げられる対象は、都市論、建築論、神話、詩、小説、自伝、随筆といったテクストから、絵画、写真、映画のイメージにまで及んでいる。地域や時代を限定せず、むしろ、異なる時代の異なる都市についての記録や分析を比較することによって、都市こそが可能にしてきた想像力の経験の根拠が問われてゆく。 それを「詩学」と呼ぶ理由は、詩法に通じる構造がそこに存在することに拠る(第3章)。地名や街路名は都市をおのずと言語的なテクストにしており、それは修辞学のトポス論や記憶術に結びつく。都市はまた、詩歌や芸能発生の現場でもあった(第5章)。そうした芸能のひとつである連歌の座に通じる集団的な遊戯が、現代都市の路上でも展開されていた(第11章)。回想のなかの幼年時代の都市は、圧縮や置換という無意識の「詩法」によって歪められ、その歪みを読み解く夢解釈を待っている(第1章)。----本書が名乗る「詩学」とは、都会的情感の漠然とした隠喩ではなく、都市経験が深く根ざすこうした関係性の論理を意味している。 それは大域的な空間構造ではない。都市の詩学にとって、はるかに重要なのは、局所的な「場所」の経験である(第9章)。さらに、その経験には、場所に蓄積された記憶と、場所が喚起する予感の両者がともに浸透している。場所の周縁には、現前する都市の不可視の閾を溢れ出た、過去の記憶と未来の徴候とが揺曳しているのである(第2章)。都市の詩学が対象とするのは、このような「場所の記憶と徴候」であり、それを「地霊(ゲニウス・ロキ)」と呼んでもよい。 地霊の所在とメカニズムを探るセンサーとなるのが、場所の記憶や徴候に敏感に反応する「徴候的知」(カルロ・ギンズブルグ)である。徴候的知の原型とは、森に分け入る狩人の知である。都市はそんな知を活性化し、その担い手たちにとってそこは、獲物の兆しに満ち、危険な気配でざわざわとした胸騒ぎを掻き立てる、野生の空間に変貌する(第10章)。コンクリート製の暗渠といった都市の最奥に、あらたな自然が発見される(第4章)。都市論はそのとき、都市という森におけるナチュラリストの探索に似たものに近づく(第14章)。「博物誌」であると同時に「自然史」であるという「ナチュラル・ヒストリー」の両義性に倣い、そうした博物誌=自然史的都市論を「アーバン・ヒストリー」と呼ぶことにしよう。「都市史」とは区別して、「都市誌」という名が当てられようか。本書はそんな「都市誌」の森として編まれている。 著者について 田中 純(たなか じゅん) 東京大学大学院総合文化研究科准教授。専攻は表象文化論。1960年2月27日宮城県仙台市生まれ。1985年東京大学教養学部卒業。国際交流基金勤務を経て、1991年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。東京大学教養学部助手などを経て、現職。2001年東京大学より博士(学術)の学位取得。本書以外の著書として、『残像のなかの建築』(未來社、1995)、『都市表象分析I』(INAX出版、2000)、『ミース・ファン・デル・ローエの戦場』(彰国社、2000)、『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』(青土社、2001、サントリー学芸賞)、『死者たちの都市へ』(青土社、2004)など。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 田中/純 1960年仙台市に生まれる。1985年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。2001年東京大学より博士(学術)の学位取得。現在、東京大学大学院総合文化研究科准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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(著者の言葉として、「跋」から引用します。)
「わたしは海にいる夢を見ていた・・・・・・。」
ポール・ヴァレリーはエッセイ「パリの存在」をそんなふうに書き出している。パリという大都市を語るために、この詩人はまず、海にいる夢から半ば目覚めかけた状態で、部屋の壁越しに聞こえてくる混沌とした物音から生まれる連想を紡いでゆく。海にいる夢の名残を引きずり、無意識と意識のあわいをたゆたいながら、詩人はこの豊かなざわめきに身を沈めることによって、「精神」そのものに似た「パリ」という存在を思考する困難な営みを始めるのである。
本書もまたそのように、都市を語りながら、同時に、海を夢見ていたのかもしれぬ。雑誌の連載原稿を一書にまとめる改稿の作業を進めながら、わたしは次第にそんな思いを強くしていった。この書物の特権的なトポスとは、水陸の境であり、波打ち際だからである。
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